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「セラミックガール」 半PV




イベント 『じっくり語り語られてみよう』 に参加し,作品について語っています.
作品へのネガティブな表記・ネタばれを含む場合がありますが,
イベントの趣旨に乗った上での記述とご理解ください.
他の方の語り記事一覧 → 『No.21: 「セラミックガール」 半PV
前置き:

これは危険な動画だ。
「じっくり語り語られてみよう」企画に提出されてきた22動画はどれも
ブッ飛んでいて語り甲斐のある動画だったようだが
これはそんな猛者揃いの動画たちに3枚ほど輪をかけて余りあるほどに"危険な"動画だ。

この動画の何がそれほど"危険"たらしめているのかというと、
推測だが(しかし確信しているが)これは「じっ語」用にチューンされて
ブロガー諸氏のそれぞれの文章を引きずり出すために
あらゆるメソッドを使って動画を展開している点がある。
僕にはそうとしか受け取れなかった。

さながら道場破りの様相で殴り込んできては僕たちの文章を試し、
もしかしたらそれらが現在のニコマスを取り巻く感想の縮図として捉えられかねない、
そんなスリリングな語りを要求しているかのように僕の目には映る。
だから僕は"ミルモブロガーの義務感に命じられて"この動画とこの語り注文と
がっぷりと四つを組む記事をこれから書いていこうかと思う次第だ。

(ちなみに僕はPCスペックの関係上YouTubeではなくzoome版でこの記事を書いている。
 大きな違いは無いようだが色味などから受ける印象は違っているかもしれない)

本文:1

僕が1年半以上の間このニコマスという場にイレ込んで
果てにこんなしち面倒くさいブログまで構えてしまったのは、(何度か書いているが)
それぞれの動画作者があまりにも強い衝動で自分の愛するキャラクターを
売り出していたというのが一番の理由としてある。
単純にアイマスだけが好きだったなら箱とソフトを買った日に
ニコマスから離れてしまっても良かっただろう。
だが先達のPたちは皆ぼくなんかよりもずっと彼女たちの可愛い部分を知っていたし
それを動画として定着させて僕に見せてくれる方法を持っていた。
流行の移り変わりの速いニコマスにおいて、これだけは黎明期から何ら変わらない
真実としていつの時代も動画の底を支えてきたと思う。

この動画はそんな連綿と情熱に支えられてきたニコマスに対して
どこまでも風刺的だ。どこまでも風刺的でどこまでも擬態的だ。
そう、擬態的なのだこの動画は。
多くの春香のPが抱き、身を削りながら表現してきた感情を忠実に再現している。
それ自体はただの模倣なのだが、模倣すること自体に真摯さを込めて
全体像にチヒロPのオリジナルの感情が切なく封入されているという作りだ。

導入部完結部のあの橋の画面も、カットインされるあの橋の場面も、
セラミックガールという選曲も、Perfumeの"P"を大きく引き伸ばす演出も、
歌詞に対して逐語的な振り付けの選定も、0:38にて消失するイメージも、
恐らくはチヒロPの心の底から湧き出たような映像ではないだろう。
これは春香さんのニコマスに於けるパブリックなイメージだ。

これだけのことを見せるために動画を出してきたのなら、僕はただの贋作として
この動画を見終えてマイリストにも入れずに忘れていくことになっただろうが
僕がこの動画から受けた印象は、もう1層奥にあるものに対してだった。

:2

♪P(mmtsgzkwys氏)のエレに端を発するPerfumeM@sterというカテゴリを通じて
今まで多くのPが電子情報の中に幽閉された彼女たちの切なさを動画にしてきた。
根本的なテーマはリアルの世界に在る自分とデジタルの住人である彼女たちの距離を
どう解釈するか、というもので、それぞれのPがそれぞれの地点から
苦悩しながらその距離をどう受け入れていったかが多くの動画に封入されていた。
僕も今までそういう動画について幾つか記事を書いてきた。

この動画はそんな苦悩を最初から放棄しているように感じる。
表層にあるPerfumeM@sterらしい形質はすべて模倣だ。
この動画がほんとうに示すべき目標を明確化するための土台として
このような精巧な模倣が必要とされていたんだろうと思う。
ではその「この動画が本当に示すべき目標」とは何なのだろうか。

:3

端的にいえば、この動画は「アンチニコマス」なんだろうと思った。
アンチといっても別にニコマスが気に食わないとかそういう意味ではなくて、
今まで脈々と築かれていったニコマスのその一方で磨耗しきっていった側面が
あるんだと、そういうことを見せつけてしまうための方法論だ。
アイドルマスターという塊からニコマスという一部が切り出され、
その残った部分の反乱をニコマスの皮を被ったこの動画が描き出すという構図だ。

この動画はニコマスに対して恐ろしいほど冷酷だ。
0:39-の「やわらかくて綺麗な言葉たち」を例に出すまでもなく
一貫してニコマスのあらゆるムーブメントに対して懐疑的だ。

2年近くのニコマスの歴史の中で、未だ描かれていなかった空隙がある。
それはアイドル側からの視点。つまりニコマスに対する(Anti-Nicom@sの)視点だ。
勿論動画製作をするのはPしかいないので必然的な結果でしかないのだが、
そこを敢えて反対側に立って彼女たちの代弁者となろうとした動画が
無かったのは(僕が知らなかっただけかもだが)あまりにも一方的に過ぎる話だ。

:2

だがチヒロPもPでしかない以上、本当の意味でそちら側に立てるわけではない。
結局のところ自分も反旗を翻す対象の人間でしかない。
だから方法論は、完璧な模倣を繰り広げながら何かが違う動画、
を立てることで視聴者たちに違和感を与え、
そこを足がかりに一人一人に深化させていくものとなったんじゃないか。
この動画は薄皮一枚開いてみれば、そこにあるものが
いかに空虚であるかをありありと示している。

この動画の一番の特質は、何も描いていないことだ。



:1

僕が感じた(エスパーした)この動画の真意が、ニコマス視聴者の
どれくらいに伝わるのかはさっぱり解らないが
きっと普段から動画に対する感想を文章にして出力する経験を踏んでいる
ブロガーの人たちには何かしらの心に残るものがあると信じる。
この動画は「じっ語」に投稿されて初めて完成するものなんだと思った。
もうなんというか、ブロガー全員がこの動画についての記事を書くべきだと
心の底から思います。心の底から思います。


:0 (語り注文に対する抜けについて)

上の文で書いたとおり、僕から観たこの動画はミクロな視点で見た場合
ただの何の感情もこもっていない綺麗なだけの動画であり、それが組みあがって
全体像になったときに初めて意味を見出せる作りになっていると思うので、
部分を抜き出して「ここが好き/ここが嫌い」と表せることではありません。

同様に、どんなPVを求めるか、についても殆ど考えたことが無く、
やはり1人の人間が好きなものを動画という形に仕立てる際には
どうしてもその人の生の感情が注入されると思うので、
僕はそれを受け取りたいがために動画を視聴している、という感じです。






                                       (チヒロP)



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新しく彼女たちと道を歩む婿固め<マスヲホールド>です。
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