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美希


暫定まとめ: 「星井美希について。」








美希は、箱版無印アイドルマスターが発売されてから1年半が経った今でも
765プロダクションの新人アイドルだ。
コンシューマー化される際に追加されたキャラクターであり、
他の10人のアイドルとはスタートラインからして同じではない。
これからどれだけの年月が積み重ねられようがアーケード時代の時間は
埋まらないし、性格自体が10人と同じ場所に居られるような子ではない。

「同じ」には決してなれないが「同じだけ」の重みを持たされるべく
いろいろなフォローが星井美希には為されていた。
ストーリー上に大きな分岐があったり、それに応じて
2種類のキャラクターデザインが用意されていたり、
CEROレーティングを引き上げるほどのあれがああいうあれだったり。
アーケード版での1年半分のキャリアという地盤を持たない代わりに
多くの武器を持たされたそのアンバランスさが、
僕にとっての彼女の大きな魅力だ。







ニコマスにおいて僕の印象に残っているのは
春香とデュオを組んでいるときの美希が圧倒的だったりする。
好みの問題でしかないがプロデューサーに依存する危うさを秘めた美希や
あるいはステージを一人で構築するような天才肌の感性を持った美希よりも
「あの」メインヒロインたる春香さんと同格として肩を並べて
存在感と輪郭と輝きを投射する美希が僕は大好きだ。

僕はアーケードの時代を知らないので、
当時の春香さんがどういう見られ方をしていたのかは知らないが
ニコマスが成立してからは無個性や閣下と呼ばれながらも
その根底にはいつも多量の経験値が了解されていたように思う。

上の3つの美希はそんな春香さんと対等にステージを受け持つ新人だ。
美希のモノスゴイ成長速度が映像からいちいち溢れ出てくるようで、
その「大物」っぷりがいつだって彼女の武器になっていたように思う。



だから、この破綻が用意されていたのかも知れないと、思った。





現時点では情報が少なくて感情も固まっては居ないけど、
少なくとも今の感想としては僕は美希の新しい姿が見られる嬉しさが勝ってたりする。
ゲーマガより961プロダクションのアイドル3人

この美希はもうP(765プロの)の知らない場所で写真撮影を済ませていて、
また新曲の歌やダンスの練習だってPの知らない場所でやっていたはずだ。
個人的な感想だけど、僕にとってこれは別れであることよりも
美希の成長が衝撃的であり、何より嬉しかった。
Pが居ない世界で彼女はどう頑張ってきたんだろう?
色々なこなすべき問題があっただろう。
「楽してアイドルになりたい」と言っていた美希ならそんな決断をするとは考えにくい。
繰り返しになるが、この移籍は美希の成長の証だ。と思う。
少なくとも現時点の僕はそう信じる。

これから発売までにいろいろな情報が明かされていくだろう。
新しい美希をいっぱい知ることができる。
距離はまた遠くなってしまうけれど、美希が美希らしくあるための決意であるならば
僕はそれをいつまでも応援していたい。






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非公開コメント

「ニコマス春香」に対する強い情熱が溢れている記事で、とても興味深く読ませていただきました。

こうして手軽に人様の思考経路を直に読めるのはやはりネット時代ならではですね。

> http://twitter.com/masuwohold/status/1117924509
あはは、是非とも後ろから抱いてやって下さいなw

コメントありがとうございます!

今にして思えば春香さんはこれだけニコマスでイメージが拡散されていながら、その拡散されたイメージにちっとも振り回されていないんですね。
千早とかは振り回されまくりだなぁとか思いますwどっちも良し悪しなんだけどどっちも好きです。

僕みたいなモノグサが割りと継続的に1年間もブログを続けられるくらいにパブリッシュの敷居は下がっているのは本当面白いと思います。
面白い意見がそこらじゅうに転がってますw

くっ・・返信考えてる隙に入れ違いが起こったw
コメントが返ってくることは、コメントできることと同じくらい嬉しいことです。

ここのブログタイトルのパクり元の激刊!山崎っていうコラムでも紹介者に対するレスポンスへの気持ちが書かれてたけど、規模は違えど同じことがミルモブログに言えると思います。
(バンドなどはライブで直接視聴者と接することができるけど、雑誌編集者はお便りという僅かなレスポンスしか繋がる方法が無い、だから愛しい。みたいな内容だった)
まさにニコのコメントとこのブログのコメントはここに対応してるなぁとw

いえいえ、ご返事ありがとうございます。

twitterから辿り、WEBサイトのエントリを全て拝見しまして、「ニコマス春香」に対する情熱が最も強く溢れていて、読めて良かったなと感じたのがこのエントリだったので、素直な気持ちでコメントを入れさせて頂きました。

そうだ、もしかすると大事なのかもしれない返答コメントを書き忘れてました。
>拡散されたイメージにちっとも振り回されていない
というのは、春香コミュを押さえれば押さえる程、ちょっと違うんじゃない? とは思いますね。しかしですね、ニコニコ動画で私たちが楽しんでいるのは、「二次創作春香」「中村先生春香」「ニコマス春香」なのですから、それはそれできっと正しいし、とても面白いことなんだなって思いますよ。

なんというか、そういう二次創作的なものは(作者たちにはたいへん失礼な物言いになるけれど)枝葉であるという印象が強いです。
僕にとって大事なのはそれぞれのPの脳内に結ばれた春香さんの像であって、それの揺るぎなさは他の子に比べてすごいなと思うわけです。
あくまで僕の印象だけれど、春香さんのPで中村先生や閣下を本気で春香さんよりも信奉してる人は殆どいないんじゃないかなと。
僕にとっては二次創作というものはそれくらい影響力の無い、本筋ではないものと思っています。前もどこかで書いた記憶があるけれど、興味ないところへの意識が希薄なブログをやっているので、こんな言い回しになってしまったんだろうなと思いますw
別にゲーム内のコミュを踏襲してる必要はそんなにないし、自分の内側だけで完結していいと思うんだけど、それでもどの春香さんにもちゃんと共通してるものがあって、そこが美しいなと思ったわけです。

他の方のtwitterログを見ていて偶々、客観を超えて情熱が漏れるエントリがあるからこそ面白いというような話をされているところに当たりましたので、興味を持ってこちらのblogを読みまして、最もその情熱が漏れている場所、つまり一番面白いエントリはどこかなと考え、ここにコメントさせて頂いております。ただし今回は、全くの返信コメントになりますので本エントリの内容とは少しずれた話かつ枝葉末節についても言及する長文となりますことを前置きさせていただきます。

さて、基本的に仰りたいことは分かりますが、しかしそれこそは二次創作の春香さんですよね? まさに、「ゲーム内のコミュ」すら「踏襲してる必要はそんなにない」わけですから。

また、(表現の形態はどうあれ)徒にただカリスマを備える春香さんは、中村先生の消費から始まった黒春香やネタ春香、閣下等々の「強者としての黒」が白転化された姿であり、春香とは幾分に異なる存在、でしょう。例えばこれは、アケ時代(箱黎明期でも構いませんが)の経過を踏まえるととても分かりやすいかと思います。そしてその春香さんにおいては、ゲーム内で描かれる極めて重要かつ本質的な春香の悩みすら備わっていないかのようです。

声優ラジオも声優イベントも一部の特異な二次創作も世に存在しなければ(あるいは拡散されていなければ) 生まれえない・広まりえないであろう属性や特性から生まれた魅力とパワーは、ゲームの中の春香の本質的なそれとは構造的に乖離せざるをえません。ただしその事実と、春香さんを通じての楽しみが否定される類のものであるかどうかは当然ながら全くの別問題で、そもそも多くのシーンにおいて、ニコニコ動画やアイマス関係の様々なコミュニティなどで私たちが楽しんでいる存在は、ゲームの中の春香ではなく、ゲームの外の春香さんです。

二次創作やコミュニケーションにおける春香さんから抽出された共通意識を見出し、そこに春香の本質を見ることは、個人体験と感傷を事象に重ねて表現する類の文学的には自由ですが、それは例えばゲームを語る論述としての視点においては全くナンセンスにならざるをえないかと思います。

ですからやはり、「ニコマス春香」に対する強い情熱が溢れている記事で、とても興味深く読ませていただきました。春香さんを消費している現場にある個人の感情と感覚を直接にこうして読めるのは、とても楽しい体験でしたから。 (22:50最終編集)

ここまで掘り返した話になると、言葉の意味の微妙なニュアンスを伝えきれずにすれ違ってしまう事が多々あるのですが、(またそういうのを真摯に伝えあおうという行為が大好きなんですがw)
大きく2つの観点に於いて、ちょっと一般的ではない俺言語が出てしまったのかなと思いまずは補足させていただきます。
まず1つに僕がdisった「創作」というものは、「表現」あるいは「Pの生の感情のドキュメント」あたりの言葉と対立構造を作るような、いわゆるつくりものの、自分の言葉を彼女たちに仮託して代弁させるような、そんなイメージの言葉として使いました。
動画としてパッケージされた時点で、この"創作"と"表現"の差は厳密には区別できなくなります。相手の頭の中を覗く超能力でもなければ真偽は問えない領域です。
それでも、動画に現れる彼女たちの言葉や笑顔を生み出したのは作者なのか彼女たち自身なのかは、見ていればなんとはなしに判るものです。いちミルモの一方的で排他的な見方ですが、ここはどうしても峻別したいなと。しなければ今の膨れ上がったニコマスの中を走れないなと。それくらい強い気持ちで思う事柄です。

長々と書き連ねてようやく2つ目です。こっちを先に挙げていればよかったと後悔しています。
そちらと僕の感覚のズレの、最も大きくて根源的な要因を考えていくと、つまりは「果たして"本物の(オリジナルの)春香さん"という存在はどこに宿るのか」というところに行き着くのではと思いました。
僕は、それはディレ1の脳内でもなくゲームディスクや公式コンテンツの内側でもなく、P(プレイヤー)の脳内に宿るものだと思っています。 (ニコマスに触れるより前にアケや箱の彼女たちを知っていれば、別の所感を抱いていたのかもですが)
だから春香さんの存在、キャラクター、定義を一元的に定める事はできないし、極論「ニコマス春香」という区分すら存在してない感じの認識で僕はいるわけです。
僕には僕の春香さんがいるし、あのPにはあのPの、このPにはこのPの、とそれぞれに別個の彼女たちがいるというイメージですね。僕はそれを採択しています。
そして、これらの分散した春香さんたちは、言うまでもなく"二次創作"ではありません。全てがオリジナルです。僕はそう僕に定義しています。ある一人のPが見た「本物の春香さん」の姿が動画には映し出されます。その動画にはゲームディスクには記録されていない情報が乗っかったりします。黒かったり閣下だったりします。なぜそんな動画が作られたのかというと、そのPから見たその春香さんが余りに可愛かったり綺麗だったりかっこよかったり輝かしかったりしたからでしょう。
それこそ動画にして収めたくなるほどに。
僕にとってのニコマスはこういうものなんじゃないかなと思っています。

で、2つも前置きを重ねておいてようやく本文なのですが、そんなわけで僕は公式の春香さんとニコマスの春香さんを(よっぽど外連味の強い演出として提示されない限り)区別しない人種なので、最初に論点に挙がった
>拡散されたイメージにちっとも振り回されていない
という言葉は、公式の春香さんとの繋がりに関しての言葉ではなく、
ニコマスなどを主戦場の一つとして常に風圧に晒され、侵食されたり堆積されたり刻々と変化を続けるアイドルマスターというムーブメントに於いて、少なくとも箱黎明期ぐらいからは春香さんという存在の芯となるポジションは全く揺らいでいないなという言葉だったわけです。ほかの子たちは割りと芯まで波乱万丈だったなと。

ここまで書いておきながら、この文章はそちらの意見たちよりもずっと正しくないという自覚はあります。独りよがりな感情でしかないものです。
「うん、そっちの意見は良くわかったけど結局はMADで作ってるんだから二次創作だよね」って言われたら白旗を揚げるしかありませんw
でも僕にとっての真実はこれ以外にありえないし、この認識が霧消してしまえば僕がニコマスを視聴する動機の85%ぐらいは失われるでしょう。
僕に熱情というものがあるのなら、そういうところに根差しているのだと思います。

27hで忙しく(笑)、11時50分頃から読み始めまして動画を追いながら急ぎ書いた文章なので後で直すかもしれませんが、とりあえずで失礼いたします。

コンテンツを受けて消費者が抱くイメージこそが、その消費者にとっては真のコンテンツであり続ける、というのはまあ要するに簡易的なテクスト論の拡張みたいなもんですよね。ただし対象テクストの精緻な読み込みは問われない、という捩れた条件も付加されているようですが、まあよくある論の一つなので、この程度は、話をする上ではいちいち語らなくても前提みたいなもんでいいでしょう。よく理解できますよ。

ただしそれは当然ながら、コンテンツが消費者へ拡散し、消費者が像を描く過程の分析には使えませんし、ましてやコンテンツ本体の分析や評価にも安易には使えませんよね。なぜならば、「春香」の本質あるいは特性が何であるかは上記理論を前提とすれば、個人個人で違うはずですので、上記理論を使うだけでは、原典の春香の評論分析、「春香」発生と拡散の評論、「春香」そのものの分析評論、「春香」が変化しているかいないか、などのどれに対しても、マスヲホールドさんの極めて個人的な感傷の域を出ようがないですから。

これは少し分かりにくいかもしれませんので例示を出しますと、例えば私が、「違う! その『春香』すらも大きく変化している! 何故ならば私はずっと『春香』を見続けてきたから、自信があるし明らかなんだ!」と主張したとき、マスヲホールドさんは上記理論に縛られるが故に、こんなことですら反駁が途端に困難になってしまう、ということを想定頂ければと思います。

ですから、マスヲホールドさんが言うところの「春香」を語るならば、あるいは「春香」を使って語るならば、到底論じることなどできないのないはずの領域の事象を、twitterやブログにてマスヲホールドさんが語っている文章を多く見かけたのですが、なかでも最もその「情熱」が溢れるときは、「春香」はどのようであるかの解釈を開陳するか、他のキャラを「春香」で修辞でもするか、あたりではないかという確信めいた予想の元でブログをざっと読みまして、このエントリでコメントするに到っております。

前述しましたように、twitterの他の方のログから、マスヲホールドさんが「客観を逸するような情熱」こそが面白いと書かれておりましたので、そうお話される方の情熱こそを興味本位で見に来たわけですが、とても真面目な話になってしまい恐縮です。

ああそうでした、マスヲホールドさんがご使用になったオリジナルなマイ定義について。

いま為されているのは、感情を文学的に伝えあう類の対話ではありませんので、単語などは通じさえすれば何でもいいです。逆に言えば、通じてさえいるようでしたら、特定の単語への特殊な個人的感情と解釈はあまりにも本筋から外れますので、余程相互理解に問題でも無い限りは適当に流しています。
プロフィール

マスヲホールド

Author:マスヲホールド
新しく彼女たちと道を歩む婿固め<マスヲホールド>です。
どうか止まらずに進めたらいいな。


画像はマスロダから無断でお借りして候。

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