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「SEVENTH HEAVEN」(ともP版)




目に見えないものを。



当たり前の話だが、ニコマスMADPVは手法と表現がものすごい多様だ。
シンクロという概念がある。
ニコマスのP達が1年間かけて研鑽しなお底の見えない存在のように僕には思える。
曲への理解と把握がそれぞれのPの中で違うんだから収斂のしようがないという事なんだろう。
同じ歌を聴いたときに、あるPは歌声に惹かれあるPは旋律に惹かれるという差。
大抵の場合その差がそのまま動画に定着する。
面白い事に、そこで今度はその動画からPの抱いているアイドル像が浮かび上がってくる。
もともと別の歌を歌い別のダンスを踊る彼女たちの姿を切り取って繋いでいるのが
MAD製作者の基本だとして、1つ1つのカットを彼女たちに”託す”という気構えが
映像と音源との定着剤としてはたらいているんじゃないかと思う。
愛情を込めた料理が美味しくなる事ぐらい眉唾物で真実味のある話だが、僕はそう信じる。
これはP(登場人物ではなくユーザーとしての)とアイドルとの関係にまで踏み込む話であり、
だからこそ託しきれる部分とそうでないものが現れる。
技術としてではなく感覚としてのシンクロというのはこういう部分から
立ち現れてくるんじゃないかという一つの仮説だ。

この動画は、空気や空間を明確に描いているのが一つの特質だと言えるだろう。
空間の透明度というか、何の要因でそう映るのかはよくわからないが
春香や雪歩や美希の肌の感覚に至るまで伝わってくる程にクリアな映像を作り上げる。
そんな状態で出される顔のアップの映像はアホみたいな破壊力で見る者を打つ。
ともPの動画はカテゴライズするならそういう破壊力だとかの武器とは
離れたところにあって、もっと繊細な感触を伝えてくれるものだという認識だったが
その部分を1ミリも崩さずに純度を上げる事で獲得した1:43の映像は
この動画全体の集約としてとんでもない輝きを放っている。

と言いつつも一番気に入っている部分は冒頭だったりする。
またも当たり前の話だが、音楽は目に見えないもので
そこを視覚化するためにあらゆる手法を駆使するのがMADPVだともいえるだろう。
この冒頭部では、最大限サウンドに歩み寄る映像で構成されていて、
わけても映像と映像の間の取り方はすごく精緻なラインを通している。
字幕も含めた全てのエフェクトが環状に動画を積み上げているイメージ。
どこにも引っ掛かりがないくらいに自然に繋がる気持ちよさがあると思う。

恐らくともPが感じたSEVENTH HEAVENという楽曲のキモはそこにあるだろうし、
また春香たちに反映させた魅力もそこにあると思う。
全ての切なさを包む優しさをというものをきっと彼女たちに託したんだ。

                                                 (ともP)





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新しく彼女たちと道を歩む婿固め<マスヲホールド>です。
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