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アイドルマスター  「もう一度君に会いたい」 1/∞


春香「枯れない花」 伊織「小さな星」 千早「流星群」
あずさ「虹の地球」 律子「Thankful」 雪歩「トロイメライ」
真「All my life」 亜美真美「Tear Drop」 やよい「あいコトバ」
美希「愛されていたい」


この動画たちに対して書くべき事柄なんて本当は無いんだけど。



ここのブログタイトルのパ元ネタである激刊!山崎を立ち読みすると、こんな記事が書いてあった。
(以下うろ覚えの記憶を元に記事再構成。アイマス分は皆無だよ)
(しかもこの記事を書いているうちに次の号が出てしまった。これは4月号のやつ)




今月取材した3組のアーティストはいずれも40代で、奇しくも3者ともテーマは
「自分を受け入れること」だった。つまり彼らは今の今まで自分を受け入れられていない
大人たちだったのだ。なんだよその大人は!と10代20代の人たちは思うかも知れないが
実はそもそも自分をすんなりと受け入れられる人間は表現の世界には向かわない。
自分はまだまだこんなもんじゃねえ!だとか或いはこうなりたい、こうありたい自分を
追い求めたりするのが表現の形態だからだ。
そういう10代20代30代を突っ走っていると、ある時ふと気が付く。
自分を見失いかねないほど遠く、あるいは変質した理想の中に取り残されてはいないかと。
そして、そこから前に進むためには一度振り返って自分を確認しなければいけない。
これは表現者にとってはとても苦痛となるだろう。
今まで無軌道に進んできた道に制限が生まれる。無限だった世界が有限になる。
だが、そうして紆余曲折を経て自己確認を済ませた後の歌は圧倒的にタフである。
圧倒的に強く、確信に満ちている。そして純度が高い。
純度が高いということは、ともすれば水や空気のように意識されない存在にも捉えられることがある。(だが水も空気も全人類が中毒患者の超強力なドラッグで、普段がナチュラルハイすぎて実感されないものだ)
たとえばロックは刺激的であるべきだが、ロックの最終目標が刺激的であることではない。
だから彼らの音楽が最終的に愛の歌になったとしても、それはまるで水や空気のように僕たちの心の奥に深く染み渡る。
たとえ刺激的なインパクトは無くても心の奥を動かす力を秘めているのだ。




長々と読んで頂いた方には申し訳ないが、別にこれがニコマスの何かを表している訳ではない。
ただ、外に向かう刺激的な作風と、それを包み込むタフな
作風の違いについての記述がすごく自分の興味をひいたのだ。

これを読んでいる間じゅうずっと頭の中にがぶ呑み氏のこの動画が回っていた。
読んだ後もしばらく回っていた。
この動画は言うまでも無くタフで強くて確信に満ちた純度の高いアイマスPVだ。

感情に素直な春香の弱さも、
強さの後ろに隠した伊織の弱さも、
閉じこもってしまっていた千早の弱さも、
包み込むような暖かいあずさの弱さも、
聡さに塗り固められる律子の弱さも、
雪歩そのものでしかないような雪歩の弱さも、
ただまっすぐに吐露される真の弱さも、
懸命に今を繋ごうとする亜美と真美の弱さも、
気丈であることしか知らないかのようなやよいの弱さも、
絶対的すぎて危うささえ思わせる美希の弱さも、
すべて彼女たちの純粋な心情で、心の奥に届くものだ。

そしてその心情をまとめて動画にする行動において、
がぶ呑み氏はいつだってタフに強く確信を持っているように思う。
多分頭に浮かんだアイディアを動画に落とす際の労力とかには全く頓着がないのだろう。
氏の一番の長所はきっとそこだ。
奇抜で突飛で宇宙人じみたアイディアは勿論だが、本当にすごいのは
そのアイディアに全く疑いを挟まずに突っ走る熱量だ。
だから純粋でタフで強くて確信に満ちているんだ。

すごくプロデューサーと呼んでしまいたいのに
なんでタグにPがついてないんだろう (がぶ呑み氏)
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新しく彼女たちと道を歩む婿固め<マスヲホールド>です。
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画像はマスロダから無断でお借りして候。

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